戦後まもない昭和22年

栃木の片田舎で、人一倍食いしん坊の女の子が生まれた。

女の子の名前はたかちゃん。

たかちゃんは妹たちのおやつをぜんぶ一人で食べては妹たちをよく泣かせ、

 

「こらっ、たかこ! 食い意地ばっかりはってえ!」

 

父親にしこたま叱られることもしょっちゅうだった。

 

たかちゃんは、祖父母と両親、おばさんと子ども達の大家族。

おばさんというのは、たかちゃんのおとうさんの妹。

お嫁に行く前一緒に住んでいて、

たかちゃんの面倒を自分の子どものようによ〜く見てくれたんだそう。

 

食いしんぼうのたかちゃんが中でも大好きだったもの、

それは冬になると必ず作る甘酒だった。

 

「11月になると毎年味噌と甘酒を作ったの。

23日には甘酒祭りもあったからね」

 

稲刈りが終わって無事新米ができると一段落。

昔はそれぞれの集落で神社の秋祭りが催された。

甘酒を作って神さまに供え、みんなに振る舞ったのが甘酒祭り。

今ではあまり見られなくなった。

 

「楽しかったねえ・・・。でもね、ここだけの話だよ・・・。

うちの甘酒が一番うまかったんだよ!うふふ」

この世のおわり

たかちゃんのばあちゃんが作る甘酒は絶品だった。本当にうんまかった。

たかちゃんが遊び疲れて帰ってくると、

たかちゃんのばあちゃんが

「おかえり。ほら飲みな」と言ってお勝手の甕から甘酒をすくってくれた。

 

「うまいなあ!」

 

「そうだろ。うまいべ?」

 

たかちゃんのばあちゃんもうれしそうに笑うのだった。

 

その評判は近所のひとにも知れ渡り、「うちのも作ってよ」と頼まれることも度々あった。

 

たかちゃんのばあちゃんは、料理が得意なたかちゃんのおばさんにだけ、代々伝わる甘酒の作り方を教えた。

でも、他にはだれもその作り方を教えなかった。

 

たかちゃんは、年の離れたおねえさんのようなこのおばさんが大好きだった。

小学2年の時、おばさんが遠くにお嫁に行ってしまった。

冬の間毎日飲めたあのうまい甘酒が飲めなくなってしまった。

たかちゃんは、「おばさんのところに連れてって!」とおとうさんに泣いてせがんだ。

 

「だって、あるのは当然だと思ってた甕の中に甘酒が入ってないなんて、世の中の終わりだよ」

​歴史は動いた!

たかちゃんの執念が実を結び、

毎年冬休みにおとうさんがおばさんの家まで連れていってくれた。

幸運が訪れたのは高校生の時。

たかちゃんはおばさんの家のすぐ近くの高校に入学することが決まったのだ。名門女子校に入学した両親は手放しで喜んだ。

 

「私はただただ甘酒が飲めることがうれしくってねえ」

 

当時、フェンスなどなく校舎の裏の土手を下りるとすぐおばさんの家があった。たかちゃんは学校帰りに毎日土手を乗り越え、おばさんの家に寄って甘酒をごちそうになるというなんともしあわせな女子校生活を送った。

 

東京の大学を卒業したたかちゃんは結婚して栃木に戻ると、夫と学習塾を始めた。その学習塾はおばさんの家のすぐ近くに開講した。

すべては、甘酒を飲みたいがためだった。

そんな8月の暑いある日、おばさんが重い病気にかかって伏せってしまった。しかも、病状はあまり芳しくないものだった。

 

「大好きなおばさんがどうしようって、私わんわん泣いちゃってさ、何にもできなかったの」

 

たかちゃんの夫はとてもやさしいひとだった。

 

「おれにまかせておけ」

 

毎日おばさんの元を訪れ懸命に看護した。

その甲斐あって、

すっかり元気を取り戻したおばさんはたかちゃんにこう言った。

 

「あんたのダンナさんは私の命の恩人だよ。

だから、あんたのダンナさんに秘伝の甘酒の作り方を教えるからねって」

 

ついに、たかちゃんの家に代々伝わる秘伝の甘酒は、次の世代に受け継がれたのだった。歴史が動いた瞬間だった。

そして月日は流れ

その意志を受け継いだ夫はこう言った。

 

「この甘酒は最高のものだ!オレは甘酒屋をやるぞ!」

 

そう誓ったたかちゃんの夫であったが、作るのはそう得意ではなかった。

そこでひらめいたのが、食いしんぼうで、うまいものを作ることが大好きな妻、たかちゃんにその秘伝のレシピを伝授し作ってもらうことだった。

 

「私、夫に秘伝の甘酒の作り方教えてもらっちゃったのよ」

 

なんともひょんな順番で、急速に、またも歴史が動いた。

こうして、代々伝わる秘伝の甘酒の作り方を受け継いだたかちゃんはせっせとあの大好きな甘酒を作り始めた。

自分で作ることができる喜びもひとしおだったけれど、

なにより振る舞った人達に喜んでもらえることがうれしかった。

「うんまいなあ。売ってくんないかい」

 

ちょうどその頃、夫と経営していた学習塾が軌道にのって大忙しだった。

念願の甘酒屋をやりたいのは山々なのだけれど、ひとさまの子どもを預かって勉強を教えていてそれを途中で放り投げることはできなかった。

甘酒は自分達の分、親しい友人に頼まれて振る舞う分だけ作った。

振る舞った甘酒はいつも大好評だった。

 

たかちゃんにはずっと疎遠になっていた息子がいた。

都会のITとかいう仕事をしていて、

たまに電話しても

 

「今忙しいから、あとで」

 

とそっけなかった。

 

「息子は私が言うのもなんだけど、明るくてやさしくて、頭もよくて、だれからも好かれてね。

私はそんな息子に期待をしすぎちゃったんだよ。

もっとがんばれもっともっとってね。

息子は高校を卒業してから家を出て行って、それから帰ってこなかった。

息が詰まりそうだったことに私は気づかなかったの。

本当にね、ダメな母親だったんだよ」

 

さみしい気持ちに覆いをかけて、

自分が息子にできなかったこと、学習塾の子ども達を笑顔にするために

毎日、懸命に働いた。

そうして月日が流れて、たかちゃんはばあちゃんになっていた。

​再び歴史は動いた

出て行ったきりだった息子が、ある日突然、かわいい嫁を連れて帰ってきた。

そして、開口一番ぶっきらぼうにこう言った。

 

「あの甘酒作ってよ」

 

たかばあちゃんは、息子に飲ませていたいつもの甘酒を、

心を込めて作った。

 

「ほら、飲みな」

 

振る舞った。

 

すると、

 

「おいし〜!!甘酒がこんなに美味しいなんて知らなかったですっ!!」

 

嫁も大絶賛した。

 

「うまいべ?」

 

「はいっ!うまいべ!!」

 

たかばあちゃんのシワシワの顔は、泣き笑いと鼻水でぐしょぐしょのシワシワになった。

息子もあの甘酒を忘れてなかった。

それを嫁に飲ませに帰ってきた。

もうそれだけで充分。

甘酒屋さんになって、たくさんの人にこの美味しい甘酒を飲んでもらいたいという夢は叶わなくてもいい。

たかばあちゃんは、かけがえのない喜びとひきかえに、

夢をあきらめる決心をした。

 

 

たかばあちゃんの夢を叶えてあげたい。

息子夫婦が立ち上がった。

たかばあちゃんの秘伝のレシピは口伝で受け継がれたもの。

それを数値化しないと商品にはできない。

どうしたらいいのだろう。

たかばあちゃんに聞いてもそう簡単にらちがあかなかった。

そんな時出会ったのが、

寝ても覚めても甘酒作りのことばかり考えているという、甘酒屋の青年だった。

ついに!

「それやらせてください!

たかばあちゃんにうんと言ってもらえる甘酒を、オレぜったい作りますから!」

 

何度も試行錯誤を繰り返した。

 

「う〜ん、甘みがちょっと違う」

 

「味に深みが足りないね」

 

「もっとふくよかさが・・・」

 

たかばあちゃんはなかなか首を縦に振らなかった。

 

今度こそ!

やっと出来上がった甘酒を、ある寒い日の明け方、もってきた。

だまって、コップにつぐとたかばあちゃんにさしだした。

 

 

ゴクッゴクッゴクッ

 

・・・・・。

 

「ああ、うまいなあ!・・・ わたしの甘酒だ」

 

たかばあちゃんがにっこり笑った。

 

「この歳になって、先祖さまが作ってきた甘酒を

たくさんの人に飲んでもらえるなんて、夢みたいだ」

 

 

木戸のうしろに立ってその情景をみていた息子は、潤んだ目をそっと閉じてその場を後にした。

  •   *   *   *   *   *   *   *   *

 

 

今、たかばあちゃんは甘酒作りの陣頭指揮をとる。

 

「冬と夏とじゃ気温が違うだろ。甘酒の機嫌だって変わるんだよ。

だから、ほら、こうやって手の中で機嫌をみるんだ」

 

たかばあちゃんの甘酒作りに対する思いは、いくつになっても衰えない。

時に厳しくもある。

そして、いつも、こう言って笑うのだ。

 

うまいべ♫

 

 

 

 

《おわり》

 

  書き手 沼尾ひろ子

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